Masuk「よし。みんなこっち来てー! 料理準備出来たから一緒に食べよー」
紗耶香さんが声をかけてくれたタイミンクで私たちは、そっちに向かう。
「杏華。ここに座れ」
そう言って彼がスッと椅子を引いて座らせてくれる。
「ありがとう──」
この人、そんな気遣いも出来るようになったんだ……。
「じゃあ、ぼくきょうかちゃんのとなり~」
「ダメだ。隣は俺だ」
「え~ずるい~。ぼくも~」
「ほらほら。大輝。ママの隣に座って」
そう言いながら紗耶香さんが大輝くんを連れて行く。
「ハハッ。すっかり大輝ってば杏華ちゃん気に入っちゃったみたいね~」
紗耶香さんの隣に大輝くんを座らせながら笑って答える。
「ママ―。テーブルみえないー」
大輝くんは大人用の椅子に座り脚をブラブラさせている。
「あら。ホントね」
「ちょっと待ってろ」
すると一弥さんが何か
【一弥side】『私。こういうの夢だったんです。みんなで一緒に笑顔が溢れる幸せな食事をするっていうのが──』楽しそうに笑う杏華の隣で、俺の胸は激しく切り裂かれるようだった──。あの頃の俺は、一切杏華と向き合わず一緒に過ごす時間でさえ持とうとしなかった。それがどれだけ杏華を傷つけ孤独にさせていたのか……、今になってどれほど自分が愚かで理不尽な人間だったのか痛いほどわかる……。どうして俺はあのとき、少しでも杏華に向き合おうとしなかったんだ……。どれほど後悔しても、あの頃の時間を取り戻せるわけもない──。杏華がポツリと呟いていた『今まで経験したことがない』『一生そんな幸せな時間を過ごせるなんて思ってなかった』という言葉。それは、きっと杏華が今までこんな普通では経験するような当たり前の幸せでさえ、これまで手に出来てなかったということだ──。俺と会うまでにも杏華は一体どんな苦しい人生を過ごして、そして俺といたことで、どれほど辛い想いをしてきたのか……。あのとき、俺がちゃんと向き合っていれば、ちゃんと杏華を見ていれば……。今になって杏華にしてやりたいこと、自分がしなきゃいけないことがいくつも頭の中に駆け巡る。俺のやった大きな罪が今更消えないとはわかっていても、ただ杏華に償いたい。取り戻したい。幸せにしたい。笑顔にしたい。許してくれなんて言うつもりもないが、だけどもうこれ以上杏華を悲しませることだけは、もう二度としたくない──。【杏華side】それから、みんなでピザを食べながら楽しい時間が続いた。そこにいた一弥さんは、詠司さんと仕事の話をしたり何気ない話をしたり、肩肘張らずにリラックスした姿だった。彼の隣でずっと座って、みんなで楽しく話しているこの光景が、私が憧れていた『家族』という形がそこにあって、私はただそこにいるだけで穏やかで幸せを感じられる時間だった。今も私以外の人たちは、お酒を飲んでいて、盛り上がっている。そんな光景も私のそばには存在していなかったから、それを見ているだけでも楽しくなる。そんなことを思いながら、その場で浸っていると──。「クシュン!」「──寒いのか」ちょうどエアコンが当たる位置なのか、少し肌寒く感じてしまったせいで、くしゃみが出てしまう。そんな私に気づき、すかさず隣にいる一弥さんが声をかけた。すると一
「よし。みんなこっち来てー! 料理準備出来たから一緒に食べよー」紗耶香さんが声をかけてくれたタイミンクで私たちは、そっちに向かう。「杏華。ここに座れ」そう言って彼がスッと椅子を引いて座らせてくれる。「ありがとう──」この人、そんな気遣いも出来るようになったんだ……。「じゃあ、ぼくきょうかちゃんのとなり~」「ダメだ。隣は俺だ」「え~ずるい~。ぼくも~」「ほらほら。大輝。ママの隣に座って」そう言いながら紗耶香さんが大輝くんを連れて行く。「ハハッ。すっかり大輝ってば杏華ちゃん気に入っちゃったみたいね~」紗耶香さんの隣に大輝くんを座らせながら笑って答える。「ママ―。テーブルみえないー」大輝くんは大人用の椅子に座り脚をブラブラさせている。「あら。ホントね」「ちょっと待ってろ」すると一弥さんが何かを取りに行く。「大輝。この上に座れるか」一弥さんは大きなソファーの上に置いてあったクッションを手に取り声をかける。それを見てキョトンとしてる大輝くんを、一弥さんは軽々と抱え椅子からゆっくりと降ろす。そして椅子の上にそのクッションを置く。「よし。座ってみろ」「うん!」返事をした大輝くんを、また一弥さんは抱き上げ、今度はクッションの上にそっと座らせる。「うわー! ぴったりー!」ちょうどテーブルの高さまで座れた大輝くんは、嬉しそうに反応する。「よし。じゃあそれでバッチリだな」「ありがとね。一弥くん」紗耶香さんがお礼を伝える。スマートに機転を利かせ、そんな対応をした一弥さんにキュンとする。その姿を見た瞬間、彼が父親になる姿がふと頭によぎる。素敵だなぁ……。こんな未来……。本当にこんな未来がやって来たらいいのに……。こんなふうな
“ピンポーン”彼の部屋のインターホンを鳴らし、ドアの前に立つ。すると彼がドアを開けて顔を出した。「フッ。ちゃんと着替えてきたな。よし。それでいい」一弥さんは、満足そうに笑う。よかった。これなら一弥さん大丈夫だった。まぁさすがにあんな格好して、ここには来れないわよね……。「おじゃまします」何気に初めて入る彼の部屋に、私は少し緊張しながら脚を踏み入れる。中に入ると、彼のセンスが伺えるシンプルでクールなオシャレな部屋だった。彼が一人で住むとこんな感じなんだ……。元々一緒に住んでいた家と、なんだか雰囲気も違う。今思えば、あの家は執事さんもいたから、それなりのお屋敷ではあったし。一弥さん、もうあの家は帰ってないのかな。多分なんとなく、一弥さんはあの家以上にすごい家の人のような気もする……。そんな一弥さんがこんなマンションだなんて物足りなくないのかな。間取りもほぼ私と同じだし。私にとっては贅沢すぎるほど広い部屋だけど、一弥さんは本当は一体どんなところに住んできて、どんな人生を歩んで来たんだろう……。政略結婚でもあり、気持ちを分かり合えない私たちだったから、お互いの過去の話も一切することもなかった。彼が本当はどんな格式高い人なのか、そして私が綾乃と義理の姉妹になった経緯も、お互い何も話してないもんな……。そんなことを考えると、私と一弥さんはまだまだ分かり合えてない何もお互いのことを知らない関係のように思えた。そんなことを思いながらリビングへと進んで行くと。「杏華ちゃん。待ってたよー!」「いらっしゃい杏華ちゃん!」早速紗耶香さんや詠司さんが声をかけてくれる。すると、トコトコと目の前にやって来た人物に気づく。「きょうかちゃん。はじめまして」そこには少し小さくて可愛い男の子が私を見上げて挨拶をしてくれる。私はその男の子に気づいて、その場でしゃがみこみ、目線を合わす。「こんばんは。はじめまして」「ぼく。たいきっていうの。よろしくね」可愛い男の子が自己紹介してくれた。「それ。うちの息子の。大輝(たいき)」詠司さんが私に教えてくれる。「わ~息子さんなんですね!」「そう。今五歳なの」続けて紗耶香さんも年齢を教えてくれる。「可愛い~」その可愛さに私は思わず目を細めながらその可愛さに微笑む。「きょうかちゃんもかわいいよ
「今日引っ越してきたばかりだから、うちの家まだ片付いてなくてさ。ちゃんと綺麗に片付いたら是非うちにも遊びに来てほしいんだけど、とりあえず先に一弥くんと杏華ちゃんにどうしても会いたくて、一弥くんのとこに家族で押しかけてきちゃったの!」「フフッ。そうなんですね」「杏華ちゃん、もうご飯は食べた?」「あっ、まだです」「良ければこれから一弥くんの家で、私たちの引っ越し祝い一緒にしてくれないかな?」「はい! もちろんです!」わー! 嬉しい! みんなで一緒に引っ越し祝いのご飯だなんて!「あっ、詠司も出てきた。詠司~杏華ちゃん元気そうだよ~」詠司さんにドアの向こうで声をかける紗耶香さん。「おい! 詠司はこっちに来なくていいって言ってるだろ! さっきせっかく家の中に入れたのに、なんでお前はまた出てきたんだ!」すると、さっきいつの間にか紗耶香さんの後ろに戻ってきて、私たちを優しく見守ってくれていた一弥さんが、急に自分の部屋の方に戻りながら、大声で叫ぶ。「え~! だって杏華ちゃんに俺も会いたいじゃ~ん」「あとで連れて行くって行ってるだろ!」「え~俺も感動の再会したいんだけど~」一弥さんとのそんな声が聞こえて、思わず仲のいい二人のやり取りに笑ってしまう。「杏華ちゃん! 久しぶり!」「あっ、詠司さん! お久しぶりです!」詠司さんが、紗耶香さんの後ろからひょこっと顔を出す。「おい! お前は杏華を見るんじゃない! 今すぐ部屋に戻れ!」すると、なぜか一弥さんが必死で詠司さんを引きはがすように大声で叫びながら連れて行く。「ちょっ、おい! 一弥! お前、わかりすぎだろ~! 痛い痛い! わかったって! 部屋戻るから!」まだ遠くの方で、激しいやり取りが聞こえて、少し心配になる。「えっ、あの大丈夫でしょうか、詠司さん……」
「じゃあ、もし良ければ俺の部屋に来てくれないか──」こんな状況じゃなく、もしこの言葉を彼から聞けていたら、どんなに嬉しかっただろう……。だけど、きっと今は、ドラマで観たような二人で彼の部屋で過ごす甘い雰囲気、みたいなことは、きっとないんだろうな……。「うん。わかった……」「ちなみに、俺の部屋に来る前に、その今着ている……。あっ! おい! 今はこっち来なくていい!」一弥さんが何か言いかけたとき、一弥さんが途中で叫びながら自分の部屋の方へと言葉を発している。ん? どうしてそんなに一弥さん焦っているの?すると、一弥さんの後ろの方で、一瞬女性のような影が見える。え……。嘘……。やっぱり……。私の心臓は今までにないほどドクドクと脈を打つ。どうしよう、どうしよう。ホントにそんな女性がいちゃうんだ……。私は、その真実を見るのが怖くて、思わず目をギュッと瞑る。すると──。「杏華ちゃん!」頭上から、どこか懐かしい聞き覚えのある明るい高い声が聞こえた──。顔を上げると、一弥さんの代わりに、紗耶香さんが明るい笑顔で立っていた。「え! 嘘! 紗耶香さん!?」「そう! ようやく会えた~!」紗耶香さんは嬉しそうに私に勢いよくハグしてきた。私はそんな紗耶香さんを同じようにギュッとハグし返す。うわ~! まさか紗耶香さんだっただなんて!嬉しい! また会えた!「杏華ちゃん。元気そうね」ハグをしていた腕を緩め、私の両腕を優しく掴みながら、私の顔をしっかり見つめる紗耶香さん。「はい──! 紗耶香さんは、どうしてここに!?」「前に言ってたでしょ? このマンションに引っ越してくるって」「え! あれホントだったんですね」「もちろんよ~。ようやく向こうで全部
そのあと、私は気持ちをなんとか切り替えるため、楽な部屋着に着替え、隣の音がこれ以上耳に入ってこないように、前から気になっていた配信の恋愛ドラマの動画を見始めた。それは『元夫婦が何度も衝突しながらもその絆を強くして、また新たな恋愛を始める』という、まさに今の自分にピッタリの内容だった。これを見たら私も一弥さんとの向き合い方や接し方のヒントが見つかるかもしれない。なんて、そんな安易な考えで観てみたのはいいけれど。実際観始めたら、恋愛の難しさをまた知ってしまうと同時に、どんどんと素敵な関係になっていく二人に、私は羨ましさを感じながら、実際では味わえないそのキュンキュンをこの動画で注入する。いいな~。どうやったらこんなふうに、うまく彼の気持ちが引き出せるんだろう。私なんか全然どうすればいいかなんて、わかんない。もっと恋愛上級者なら、一弥さんとの関係ももっと上手く築けていただろうに。あっ、でも上級者なら、そもそも彼と離婚なんてしなくても済んだのか。ハハッ。にしても、このヒロインにライバル視しているこの女性、なかなか手強いよな~。実際この男性の今の彼女だし、ヒロインは元妻だから、焦りや不安がすごいんだろうな~。ヒロインもこの彼女がいることで素直になれないし、ホント辛すぎる~。私はクッションを抱えながら、その動画を見ながら、すっかり感情移入してしまう。すると──。“ピンポーン”インターホンの音が鳴った。ん? 誰か来た? 荷物なんか頼んでたっけ。私は動画を止めて、インターホンのモニターを確認しに行く。すると、そこに映った人物を見て驚いてしまう。「え!? 一弥さん!?」またそこにこのタイミングで意外な人が映っていた。え、どうして!? 今誰かもう部屋にいるはず。なのに、どうして私のところに!?私は少し慌てながらも、息を
目を覚ました瞬間、強い戸惑いに包まれ、次いで記憶が断片的に一気に押し寄せてくる。 気付けば無意識のうちに私は下腹部をかばっており、鈍い痛みが走った。 そのとき、そばにいた一弥さんの姉の真琴さんが私が目を覚ましたことに気付き、慌てて駆け寄る。 真琴さんは私の手をぎゅっと握り締め、声を震わせながら言った。 「よかった……やっと目を覚ましたのね。お医者さんが言ってたの。急激な精神的ショックと、長期間の心身の抑圧が原因で、切迫流産の状態だって。今は安静が必要よ。……ねぇ、どうして妊娠していること私に言ってくれなかったの?」 「どうして、私は病院にいるの? どうして真琴さんがここにいるの?」
「お姉ちゃん、どうしてあんなことしてバレないと思ってるんだろ」 え……、あんなこと……? バレる……? なんの話……? 「まさか、あいつが俺の知らないところで、男漁りしてるなんて心底見損なったよ」 男漁り……? さっきも、それ言ってたけど……どういうこと……? 「お姉ちゃん、もうそれ病気なの……。一人の男性では満足出来なくて、常に自分の欲望を満たしてくれる男性を探し求めてるの」 ちょっと待って……! あまりにも身に覚えのない酷い綾乃の嘘に私は驚いて言葉を失くす。 「俺もまんまと騙されたよ。まさかずっと清純なフリをしてたなんてな」 酷い……! 一弥さんもどうしてその言葉を信じるの…
「……?」 目の前に差し出された離婚届を見つめ、喉が張り付いたような声で問い返した。 「あなた……どういう意味なの?」 「綾乃から、全部聞いた」 彼の顔には、余計な表情は一切なかった。 あるのは、骨の髄まで染み込んだ冷酷さだけ。 「三年前、うちとお前の家に政略結婚の話があると知っていただろ。 お前は俺と結婚したかったから、彼女を追い出した。別れを強要し、海外へ行かせたんだ」 ――ドン、と。 頭の中が、真っ白になった。 「違う……」 声が震えながらも、私は必死に最後の光にすがる。 「一弥さん、信じて……! あの時は、彼女が自分で行きたいと言って……私は……」 「もういい
「わあ、すごく綺麗なお花!」 綾乃は、私の腕の中に抱えられた花束を、目を輝かせて見つめた。 私は反射的に花束を抱き寄せる。 「この花は……」 言い終える前に、すらりとした長い手が、私の腕の中から花束を奪い取った。 呆然と顔を上げると、そこには桐生一弥の、感情の揺らぎひとつない瞳があった。 彼は、私が心を込めて選んだ――純潔な愛を象徴する白いバラの花束を手にすると、そのまま自然な動作で振り返り、綾乃の前に差し出した。 「誕生日おめでとう、綾乃」 低い声だったが、突然静まり返った個室の中には、はっきりと響き渡った。 綾乃は驚きと喜びの入り混じった表情で花束を受け取り、顔を花びらに







